第5章

恐怖









 翁との謁見から3ヶ月が過ぎ、雪もすっかり溶け、森の中は明るく息づいていた。
 ゼロが早朝トレーニングから戻ると、家の中に居るはずの気配がなかった。
「レイ……?」
 変な胸騒ぎが、ゼロの中で起こった。



 “森の守護者”の砦の一室に、メンバー全員が終結していた。みな一様に険しい表情をしている。その部屋の中央部には、左わき腹のあたりを赤く染まった包帯に巻かれている男がいた。彼の名はロゥ・バルバトス。中央でも十本指に入るほどの猛者であるが、その彼が手酷くやられていた。
「……メルシー、あとは任せたぞ。レイ、俺とお前は奴らを迎え撃つ。ジェントとロイは、この砦を防衛してくれ。ロゥの話に間違いはないと思うが、伏兵がいるかもしれない。十分に注意しろ」
 ロゥ・バルバトスの話によれば、彼は見張り中に“神魔団”のリーダーであるヴァリス・レアーと、ゴーストと呼ばれる二人の襲撃を受け、命からがら砦に撤退してきたらしい。“神魔団”は中央でも指折りの戦士で構成されている、俗っぽい言い方をすればあくどい派閥である。勝つためには手段を選ばず、味方の命も平気で棄てることの出来る連中で、非道な戦いをするという噂だ。今までは弱い派閥を狙うばかりだったが、既に派閥の数も少なくなり、“森の守護者”程の派閥にも手を出し始めたようだ。
 そして、その“神魔団”の攻撃を防ぐべく、ウォーは指示を出したのだ。
「ウォーさんが出るんですか? ウォーさんが万が一負けたら俺ら終わりですよ? それだったら、俺が出たほうが……」
 ジェント、と呼ばれていた男が提案した。だが、ウォーは首を振った。
「俺以外の誰にヴァリスを止められる? お前たちを死なすわけにはいかないんだ。俺は負けない、だから。分かってくれ」
 ウォーは立ち上がり、部屋を出て行った。その大きな背中の後ろに、比較すれば非常に小さく見えるレイの身体が付いて行った。その手には、鞘に収まった一振りの剣が握られている。
 続けてロイと呼ばれた男が出て行く。ジェントは部屋を出る前、一度振り返った。
「メルシー、ロゥを頼む」
「うん!」
 メルシーと呼ばれた少女が涙目に力強く頷いたのを見て、ジェントは安心したように出て行った。
 しばしの沈黙が流れる。
「みんな……出て行ったか……?」
 息も絶え絶えに、ロゥが掠れた声でメルシーに尋ねた。
 実年齢は16歳なのだが、彼女は普段からそれより幼く見えがちだ。そして今、目を涙でいっぱいにしている様子は、彼女をさらに幼く見せた。
「うん……」
 普段は気だるげで、無愛想なロゥの表情が、普段からは想像もできないほど穏やかになった。
「……メルシー」
 彼女の返事を聞いて、彼は彼女に呼びかけた。
「まだ……俺のこと……好きか……?」
 突然の質問に、メルシーは戸惑った。今の状況から考えて、想像もつかない質問だった。
「なに言ってんの……? 当たり前じゃん……。ずっとずっと、大好きだよ……!」
また涙が溢れてくる。ロゥとメルシーは、昔からの幼馴染で、2つロゥが年上で、兄妹のように普段は振舞っていた。
メルシーはロゥの胸の辺りに腕を置き、その上に頭を置いてまた泣き出した。
その頭を、ロゥは優しく撫でてやった。
「俺も……お前のこと……今でも好きだよ……。だから……」
 そこでロゥは咳き込んだ。撫でていた手で口を塞ぐ。彼はゆっくりと上体を起こした。
「だから……お前には幸せになってほしい……」
 優しく微笑んだロゥを見て、メルシーは言いようのない、悲しみとは違う感情を覚えた。
「ちょ、ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ?! まるでもう死んじゃうみたいじゃない! そんなの許さないよ! あたしはもっとロゥと一緒にいたいよ……!」
 最後の方は声がかすれてしまった。
「死んじゃやだよ!!」
 彼女の悲痛な叫びが彼の耳に入った瞬間、彼は温かい、うっすらとした光に包まれた。フッと、身体が軽くなったような気がする。そっと傷口に手をやれば、二十針以上必要と思われた傷が塞がっている。
「お前……何したんだ……?」
ロゥの口調は普段のものだった。尋ねられた彼女自身も、キョトンとした表情をさせている。
「覚醒したのかもな……」
 彼は神妙にそう言った。まだメルシーはわけが分からないといった様子だ。
「奇跡的にも、今お前はアビリティを覚醒させたんじゃないかな、きっと。しかも好都合にお前のアビリティが治癒系のものだったんだな。……しかし、出来すぎた話だ」
 ロゥは苦笑した。そして泣きはらした顔のメルシーを撫でてやる。
「まぁ、お前に感謝しなきゃいけないのは確かだがな……。お前のおかげで助かったよ、ありがとう」
 彼女に理解できたのはその言葉だけだったのかもしれない。だが、その言葉だけで、彼が助かったのは理解できた。自分が彼を助けたということを自覚できた。守られてばかりだった自分が、初めて彼を守ることができた。
 メルシーは、ロゥの胸に飛び込んだ。ロゥは何度も何度も、彼女の茶色い髪を撫でてやった。



 ウォーの後ろをひたすら追っていたレイはふと足を止めた。今は普段来ているようなゆるい私服ではなく、伸縮性のある生地で作られた戦闘服に身を包んでいた。ウォーは堅固な防具を部分部分で身につけているが、レイはそういう重くなる装備を好まなかった。その点はゼロと同じである。
 彼が立ち止まったのに気付いてか、ウォーも足を止めた。
「俺、こっち行きます」
 レイの言葉にウォーは小さく頷き、二人は別々の方向へと再び進みだした。

―――なんや……いやな気配やな……。
 何かを感じ、ウォーと別の道を選んだ。それは微かな存在を感知したからだった。だが、今感じている“それ”はひどく人間の恐怖を駆り立ててきている。
 自分の本能が告発していた。『行くな。危険だ。逃げろ。近付くんじゃない』と。
 今自分一人なら彼はきっと素直に逃げていただろう。だが、敵を確認しないまま逃亡すれば、仲間を危機にさらす可能性がある限り、それは出来なかった。
 得体の知れない恐怖を無視し、レイはだんだんと強くなる陽射しも届かない森の中をひた走った。
 走れば走るほどに冷や汗が多くなる。
 そして、その恐怖心が爆発しそうになった時、その正体が彼の前に姿を現した。
「お前は……!」
 レイは足を止め、剣を抜いた。この相手だということは、幸か不幸か。
「“独創者”レイ・クラックスか」
「ゴースト……!」
 レイが口にした名を持つ男は、ギョロっとした目でレイを見ていた。見下すような、そんな目。
 “神魔団”の一員で、中央十本指に入ると言われているが、実際その多くが謎に満ちている男、ゴースト。その身の丈以上の、2メートルはあろうかという巨大な戦斧が奪ってきた命が数知れないのは確かだ。
「もしかして、このいやな感じはお前の所為なんか?」
 間合いを確認した上で、レイは尋ねた。
「そうだ」
 意外にも、敵は簡単に肯定した。
「俺のアビリティは“恐怖”。発動条件のない、無差別標的の常時発動アビリティだ」
 常時発動アビリティ、その言葉で、彼が自分に普通ならば切り札とするはずのアビリティを教えたことに合点が言った。彼のアビリティは、アビリティ保持者の意志に関係なく常時発動しているもので、人が無意識に呼吸をしているような感覚で使用できる特殊なものだ。それが吉と出るか凶と出るかは確実ではないが、彼のアビリティは確実にレイに有効だった。
「そりゃまた難儀やな。周りのメンバーが可哀想やで」
 強がってそう言うレイだが、半分は正直な感想だった。
「“神魔団”の奴らは恐怖というものを知らない」
 叩けば音が出るように、必ず答えが返ってくる。名前に反して律儀なのかもしれない。
「そりゃまた……余計に可哀想な奴らやな」
「そうかもしれんな」
 僅かな沈黙が流れる。
 そして沈黙に耐え切れず、先に動いたのはレイだった。
 全身のバネで一気に跳躍し、抜き身の剣でゴーストの頚動脈を狙う。
 その剣を見切り、一歩引いただけで軽く避け、ゴーストはその戦斧を構えた。十数キロはありそうなその戦斧の中ほどを片手で掴み、軽く数回振り回す。俄かには信じがたい怪力だった。見た目から判断しても、それほどの筋力があるようには見えない。
 レイは、腕を伸ばし手をひらけばゴーストの姿が隠れる位の距離を置き、加減なしに自分の右手で右頬を殴った。
―――ビビってんやない! こんな事でビビッてどうすんのや!!
 キッと敵を睨む。ゴーストは何も言わず、ただレイを眺めていた。
 まだ少し足が震えているが、さっきよりは大分少なくなった。
 再び全身のバネを利用し敵に接近する。ギリギリまで剣を身体で隠し、必殺のタイミングで剣を繰り出す。だが、その剣もゴーストには軽く避けられた。
「僅かでも恐怖に怯える心は、動きに支障をきたす。お前は俺との戦いで全力を出し切ることはできない」
 ゆっくりと開かれた口から出てきた言葉が、レイの耳に届く。悔しいが、事実には変わりないだろう。その状態で、この強敵を倒せるか、正直自信がなかった。
 その言葉を聞いていた所為でほんの少し敵の動きを見るのが遅れた。ゴーストが軽々と振り下ろしてきた戦斧の一撃をなんとか避ける。何でもない一撃なのだろうが、その一撃は大地を抉り、地を揺るがした。
―――当たればやばそうやけど、当たらなただの体力の浪費や……。落ち着けば大丈夫や……!
 恐怖を払うように、自分に言い聞かせる。
 今度はゴーストが先手を打った。戦斧を振り上げる彼の姿が目に入った。
 それと同時に、唸るように風を切る音と、にぶく、なにか堅い物同士がぶつかる音が耳に入った。
 全身から血の気が引き、冷や汗がだらだらと流れてくる。恐る恐る音の聞こえた方に目を寄せると、ゴーストの戦斧が自分の左隣にあった切り株を地面諸共二つに割っている。
―――いつ……振り下ろしたん……?
 全く、何一つゴーストの攻撃動作が見えなかった。
「う……あ……」
 レイは地に膝をつけた。上手く呼吸が出来ない。剣を持つ握力も出ず、地面に落ちた手のひらに湿った土の感触がした。
「んな……馬鹿な……」
 全身から全ての力が抜けていく。まさか、ここまで圧倒的な実力差があったとは、俄かには信じられなかった。
「所詮、東西南北のエルフなどこの程度か」
 ゴーストはなんの感慨もなく、そう言うと、レイに背を向け“森の守護者”の砦とは反対の方向へと歩いていった。
「この程度じゃ、ムーンを倒したという死神の実力も高が知れているな。次に会うときまでに、精々腕を磨いておけ。俺を楽しませられるくらいにな」
 その言葉に、侮蔑や皮肉が込められていれば、少しは気が楽になったかもしれない。だが、第三者のような口調で言われたレイは、亡霊の姿が見えなくなっても、しばらく立ち上がることができなかった。
 彼の目からは、とめどなく悔し涙が溢れ、湿った大地をさらに湿らせていた。



 レイと分かれてから十数分が経っただろうか、ウォーも敵と遭遇していた。
 そして発見とともに彼は全力疾走で駆け寄り、渾身の力で得物である大剣を振り下ろした。
 金属同士が衝突したような乾いた音が高く鳴り響いた。
「久しぶりだな、ウォー」
「俺は出来れば会いたくなかったがな」
 地獄の断罪人を彷彿とさせる大きな鎌で、必殺の奇襲を防いだ男は、愉快そうに話しかけた。
 その男こそ、中央一危険な男として、なにより“神魔団”のリーダーとして有名なヴァリス・レアーであった。威圧感のある巨体に、鷹のように鋭い眼光、左頬に大きな傷、一本も生えていない頭部からなる彼の容貌は、幼い子どもが見たら泣き出しそうなほどの迫力を備えていた。
 ウォーから感じる温かみとは正反対の、負の感覚。
「そう毛嫌いするな。俺は嬉しいぞ? お前のような強者と戦りあえるんだからな!」
 嬉々として鎌を振りかざしたヴァリスが、間合いを置いたウォーに急接近し、一閃した。その鎌に対し、ウォーは真っ向から大剣で止めにいく。凄まじい殺気の激突に、冷たい風が周辺を漂った。
「お前が平和を目指す思想を持っているならば、俺もそう思うかもしれない。だが、お前の思想は危険過ぎる」
 お互いの武器が激突し、肉薄した距離でウォーは吐き棄てるように言った。
 “神魔団”の思想は、常在する混沌。戦いや殺しを心から楽しむ者たちだからこその思想。それがウォーには許せなかった。
 彼は他の派閥よりも遅れて派閥を造り上げた。元々彼は覇権を争う戦いに参加するつもりはなかった。だが、心から平和を愛するが故に、“神魔団”の存在を知り、その目的を知り、許せなくなった。彼の“森の守護者”は、その名前の通り森の秩序を守るため、簡単に言えば“神魔団”を倒すために造られたと言っても過言ではない。
―――こいつだけは、生かしておくわけにはいかん……!
 間合いを取り直し、ウォーは正眼の構えで相対した。あらゆる攻撃に対応できる、万能の構えの一つだ。
「楽しければ、それでいいだろう!」
 ヴァリスは真っ向から鎌を振るった。何の変哲もない、ただの一撃だが、単純な攻撃なだけに凄まじい重さがあった。技ではなく、力。それがヴァリスの強さであった。
「くっ!!」
 剣の位置はそのままに、ウォーは体勢を崩すまいと必死に踏みとどまった。身体が悲鳴をあげる。
「個人の理由で、理不尽な惨劇を生み出してなるものか!!」
 ウォーの怒りがこもった縦の一撃を、ヴァリスは紙一重で回避した。空しく空を切った剣先が地に触れたとき、小規模な爆発が起こった。
「相変わらず、強力なアビリティだな」
 ウォーのアビリティは“粉砕”。武器の触れた物質を粉々に砕く、攻撃系最強アビリティの一つだ。発動条件は“怒り”を感じ、それを発すること。
「では、俺も本気を出すか」
 ヴァリスは目を閉じた。すると突然強風が吹き、雨が降り出した。
 風はどんどん強さを増し、雨も激しさを増す。それはさながら嵐の中にいるような心地だ。
 ヴァリスのアビリティは“招嵐”。だいたい100メートル四方に嵐を巻き起こす、天候系アビリティの中でも凶悪なものだ。そしてその発動条件は目を閉じ、発動を念じること。つまりヴァリスはこの風の轟音の中、気配だけを頼りに敵と戦うことになるのだ。それが可能なのは彼が屈強な戦士だからであり、本来この能力は後方支援用のものなのである。
 嵐はひどさを増し、ウォーの視界は最悪だった。敵の姿が、見えない。
 目を開いていられない、そんな風雨の中、背筋の凍るような殺気の接近に気付き、ウォーは自分の感覚を信じ大剣を振るった。どうやらヴァリスの一撃を防いだようだ。
 もしヴァリスが気配を消していたら、間違いなくウォーは殺られていただろう。それなのにそうしなかったのは、余裕からか、他意があってか――。
「でぇぇぇい!!」
 その攻撃を防いだ後すぐさまウォーは反撃に出た。だが、手ごたえはない。
「それだけの力があって、戦いも求めないとは、俺にはまったく理解できんな」
 嵐が静まり、ヴァリスが必要以上に間合いを置いているのに気付き、ウォーはほんの少し身体の緊張が解けた。
「俺からすればそう思うお前が分からんな」
「まぁいい。お前もそのうち分かるさ」
 瞬間的にまた暴風雨が襲い、ウォーの視界が悪くなった。そして収まったと思えば、ヴァリスは退却したようだった。
「……分かってたまるか……!」
 “森の守護者”と“神魔団”のリーダー同士の戦いは、引き分けに終わった。



 半月が天高く輝く頃、レイは帰ってきた。
 いつもなら陽気にゼロに声をかけるはずの彼が何も言わずに帰ってきたことを不審に思い、ゼロが彼の様子を窺うと、顔面蒼白、生気が感じられなかった。
「話したくなければ、話さなくていいぞ。“約束”もあるしな」
 寝室のゼロのベッドに並んで座り、ゼロは声をかけた。正直、なんと切り出すべきか分からなかった。
 だが。
「なぁ、ゼロ」
 落ち込んだ声。いつもの彼から考えれば信じられないことで、聞く者に悲しみと同情を与える声だった。
「ゼロは、“完敗”したことあるか?」
 突然の質問に、ゼロは戸惑った。少し考えて見る。
「何もできへんで、ただ絶望を与えられるだけの負け方、したことあるか?」
「何もできなくて、それで大切な人を失ったことはある。でも、絶望したことはない」
 実弟のリフェクトがムーンに殺されたときのことを思い出し、ゼロは表情を消した。あの時、自分たちの攻撃は全て無力だった。
「……俺……完璧に負けてしもた……!」
 レイはゼロの胸にしがみつき、嗚咽を漏らした。胸部に、湿り気を感じる。
「俺なんかいつでも殺せるみたいに、生かされてしもた……!」
「だったら強くなって次勝てばいいだろ?」
 自分の胸元で悔しさに震えている親友に対し、ゼロは優しく、諭すように言った。
「生きてれば、再挑戦するチャンスはあるんだから。負けっぱなしじゃいられないだろ?」
 おそらく、レイは未だかつて敗北を知らなかったのかもしれない。初めての敗北が完敗というのは、酷なことだろう。
「俺も、負けたことはあるよ。でも、その悔しさを糧に努力してきた」
 ゼロはレイの背中をぽんぽん叩いた。
「諦めんなよ」
 最後の一言は、妙に切なかった。
「ごめんな、迷惑かけてしもて」
 レイは顔を上げた。余程泣いたのだろうか、目が赤く充血していたが、彼の表情はいくらか明るさを取り戻していた。
「やっぱ、ゼロは強いなぁ」
 不器用な笑みで、レイはそう言った。それは、素直は感想だ。
「そんなことない、俺より強い奴はいっぱいいるよ」
「そうなん?」
 やっと普通のレイに戻った、そう思うと自然とゼロも表情が緩まった。
「当たり前だろ」
 そう言い、レイの額を軽く小突く。レイは普段通りに笑った。
「ゼロと話したら、なんや大分気ぃ楽になったで」
 レイはゼロのベッドの上で横になった。
「俺の負けた相手な、“神魔団”のゴーストってので、めっちゃ強い奴やねん」
 レイはゆっくりと話し始めた。負けた悔しさから吹っ切れたように、先ほどまでの声ではない、力強く明るい声。
「そいつのアビリティ、常時発動のでな、周囲に恐怖を感じさせるーってやつで、ほんま厄介やねん」
 身体を起こし、身振り手振り説明するレイ。ゼロはそれを黙って聞いた。
「でも、次は絶対勝ったる!」
 そう言い、レイはまた横になって、天井の方に拳を突き上げた。
「まぁ、俺でよけりゃいつでも手伝うよ」
 ゼロはレイの拳を自分の手のひらで包むように重ねた。
「そういや、そいつゼロのこと知っとったで。東西南北の俺がこの程度なら、ムーンを倒した死神も大したことなさそうだな――とか言ってたねん」
 ゼロはふと眉をひそめた。彼にとっては初めて聞く名で、全く知らない相手だ。
 実はゴーストは何度かムーンと接触したことがあるのだが、ゼロがそのことを知るよしもない。
「まぁ俺は戦うつもりはないし、そう思われて見逃されるなら御の字だけどな」
「えー。仇とってくれないん?」
「仇って、お前死んでないだろうが」
 そこで二人は顔を合わせて笑った。
やはり、こうして楽しそうに笑っている光景が、二人には何よりも似合っていた。





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